丹下の自邸を再現
平和大通り側から平和記念公園を訪れると、資料館本館1階の柱間越しに、一直線上に並ぶ戦没者慰霊碑と原爆ドームを望むことができる。後にプリツカー賞を受けた丹下健三らが手掛けた。
原爆ドームを中心に中区中島町〜基町を「平和の軸線」とし、祈りと学びの空間にする都市計画は1949年に市の設計競技で採用。解体論もあった負の遺産を平和祈念の象徴に昇華させた。
資料館に取り入れたピロティ構造は内と外の境界を曖昧にし、自然と人を招き入れる役割があるという。

53年に丹下が建てた東京の自邸にもピロティ構造を採用し、そこで国内外の名だたる建築家が集い、語り明かした。神原・ツネイシ文化財団(神原勝成代表理事)が丹下の思想が詰まった自邸を福山市に再現するプロジェクトを進めている。
10月4日に始まったひろしま国際建築祭では第1弾として、11月28日まで会場の一つ「神勝寺 禅と庭のミュージアム」に自邸の縮尺1/3模型=写真=を展示。3年後に開く次の建築祭までに、実物大の〝写し〟を建てる計画だ。建築祭総合ディレクターの白井良邦さんは、
「丹下の弟子でプリツカー賞建築家の磯崎新が、丹下の娘に遺言で再建を託した話を当財団の神原が耳にし、瀬戸内海に臨む場所での再現を提案した。図面も実物も残っていないが、専門家チームが画像解析などを通じて設計を再解釈している。再び多くの人が集う場所にしたい」
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