境界をつくらない
将来は動物園の飼育員になりたかったという。チチヤス(廿日市市大野)の久保貴義社長(54)は北海道の酪農学園大学を卒業し、就職先は広島市安佐動物公園と定めていた。しかし採用枠がなく当時、酪農を手掛けていたチチヤスへ会社訪問したことが人生の大きな岐路になった。「小学生の頃は学校から帰ったら安佐動物公園に直行。生き物を育てていくことに興味があった。チチヤスを訪問した時にはあいにく酪農の採用枠はなく、ゴルフ場かプール施設、製造、開発の四択。迷うことなく開発を希望。ヨーグルトをつくるとはまったく考えてもいなかったが以来、乳酸菌の魅力と働きに魅せられ、のめり込んでいった。菌も生き物。育てていく興味は尽きなかった」役職などにこだわる上昇志向に興味はなく、原料メーカーや取引先など社外の意見も貪欲に吸収しながら、乳酸菌で品質が決まるヨーグルトの味づくりに情熱を燃やし続けた。人はむろん、生き物が好きという。社長就任後も社内では従来通り名前で呼んでほしいと宣言した。「年の差は気にせず誰とでも和気あいあい。親にもよく言われたが境界をつくらない。社員とは指示待ちや、意見を言えない関係にしたくない。チャレンジできる環境を育てていきたい」
北極星を定める
「企業文化は戦略に勝る」というドラッカーの有名な言葉がある。長年培われてきた企業文化は、経営改革の奔流も軽々と乗り切るだろうか。あるいは企業文化さえ変革を迫られるだろうか。マツダの執行役員兼CHRO(最高人事責任者)を務める竹内都美子さんは10月25日、オールディファレント(東京)が開いたオンラインセミナーに登壇。昨年から全社員へ展開する組織風土改革「ブループリント」について語った。1997年の入社からわずか2年で、車の性能評価ドライバーに就く。その実績が認められ、2015年にマツダ初の量産EVとなるMX―30の開発主査を担当。女性が主査に就くのも、前例がない出来事だった。「私に課せられたのは〝新しい価値の創造〟でした。電動化という、誰も正解を持っていない領域で結果を出すためには、方向性を明確に指し示さないといけない。当時の経験を踏まえ、ブループリント改革でもまずは北極星を定めることから始めた。従来のトップダウン型から、現場社員が主役となる組織への変革を目指した。社員の心に焦点を当て、前向きなエネルギーが湧き出てくるような会社にしたいと思った」プログラムは社員同士の対話や、共に体を動かす課題が中心。感情と結び付く体験こそ研修効果を高めるという。受講者の9割以上が満足と回答するなど手応えを感じている。開発に挑むマツダの魂は受け継がれており、どんな車が飛び出してくるか。
全員で進む
社員間のデジタル格差が問題になっている。新しいシステムに適応できない社員がいるとうまく機能せず、これまでと違うやり方に反発されることも。どうすればよいのか。全員の意識を変えることでDXに成功した会社がある。自動車設計などを手掛けるマツダE&T(南区仁保)は、IT知識のない社員含む全1380人が1年間、DX伴走支援のアイデミー(東京)のオンラインラーニングを受講した。今年1月にプロジェクトチームを選抜し、9月には工場設備の数値監視やAI予知保全を行うアプリの自社開発にこぎ着けた。当初は「現場の実態を知っているくせに、無理だ」「自分たちの仕事がなくなりクビになる」と反発が出た。社内にDX事務局を設け、視察と聞き取りを通じて現場の課題を列挙。対策のメリットを伝えて回った。柴田佳輔上席エンジニアは、「社員が要らなくなるのではなく、さらに良い仕事ができる、質が高まると訴えた。部門代表を置き、それぞれに改善活動が進む体制を意識。現在は図面やバックオフィス業務などで六つのプロジェクトに取り組んでいる。各チーム10人前後で、若手から60歳近くまで幅広く加わってもらった。社内展示などで全体に進ちょくを報告し、自分たちの仕事がどう変わっていくか理解を浸透させている。絵に描いた餅ではなく、できそうだと思ってもらえばしめたもの」フォード・モーターの創設者は「全員が一緒に前進すれば成功は後から付いてくる」と語ったという。いつの時代も熱意を持ち、共感を生むことが大切なのだろう。
人的資本を開示
2023年3月決算以降、有価証券報告書を発行する企業に「人的資本情報」開示が義務化された。人材を成長させる費用をコストとする考え方を改め、人の力が最大限に発揮できるよう「投資」と捉える経営が求められている。未上場でも人的資本経営を宣言し、このところ情報開示に取り組む先が増えているという。県は11月1日、エディオン広島本店東館で人的資本経営推進セミナーを開いた。会場とオンライン合わせて177人が参加。人的資本経営の意義や有効性などの解説に続き、企業事例発表で、ひろぎんホールディングス執行役員の木下麻子さんが登壇した。「少子高齢化の中で人材確保は難しく、定着させることも企業にとって大きな課題です。仕事への意欲があるにも関わらず、結婚、出産、介護といった理由で活躍の場を失わせるのは非常にもったいないと感じていた。仕事へのモチベーション維持や離職防止に向け、現在は勤務地限定コースを設けるなど、遠方居住者との結婚や配偶者の転勤などにも対応しています。10月時点で当社の女性管理・監督職比率は19%。定期的に目標設定を問われるなど機運は高まっており、30年までに30%を実現したい」今も昔も企業にとって人材は宝。少子化や人手不足に直面し、一段と人的資本経営の重要性が高まりそうだ。
あじかんのゴボウ
業務用食品製造などのあじかん(西区)は10月、ゴボウの健康効果などを紹介するウェブサイト「ごぼラボ」を立ち上げた。ゴボウの情報に特化し、栄養素と効能、お薦め調理法のほか、見分け方、栽培方法といった豆知識を公開。喫食機会を増やすことを目的に昨年発足した社内プロジェクト活動の一環で、公式キャラクター「ごぼっち」をつくり、SNSでも発信する。和食に欠かせない食材で食物繊維やポリフェノールを豊富に含むゴボウに着目し、2008年から大学などと機能性の研究をスタート。10年に市場投入しトップシェアの「焙煎ごぼう茶」をはじめ、サプリメント、チョコレート風素材などさまざまな関連商品を開発してきた。11月1日には初のペットボトル入りゴボウ茶の発売に踏み切った。「食の多様化や調理の手間などから消費量が減り、廃業する農家も多いと聞く。機能性の研究を推進すると同時に、常識にとらわれない新しい食べ方を開発し提案して消費拡大に役立ちたい」(同社)
ビール醸造講習
年々高まるクラフトビールの人気が、ここにも及んできた。酒類総合研究所(東広島市鏡山)は11 月12〜20日、第118回酒類醸造講習「ビール短期コース」を開いた。醸造講習はそもそも清酒の醸造技術向上を目的に1905年に始めた。前年に設立された「醸造試験所」を前身とし、95年に東京から東広島市に移転した後、2001年に現組織に移行。清酒のほか、ワイン、ビールなどさまざまな酒類の醸造講習を開くようになった。ビール短期コースには全国の醸造家や開業予定者ら20人が参加。座学や実習で醸造方法、官能評価(きき酒)、税法、審査会対策など幅広い知識と技術を学んだ。業務統括部門の阿久津武広副部門長は、「クラフトビールの需要拡大を受け、近年は短期コースを毎年開いている。代表的なIPAの製造法も課程に盛り込んだ。受講生が全国でビール産業を盛り上げてもらえれば」11月25日〜12月13日には本格焼酎・泡盛コースも開く。秋深し。さらに冴える醸造技術に期待したい。