安佐南区緑井で建設業を営み、有り難いことに2026年に創業50周年を迎える。「常に一生懸命」が信条。何事にも真摯に取り組むことで知恵が生まれ、それが知識になり、やがて大きな財産になる。慕ってくれる人や仲間も増える。振り返ると、これらを身をもって経験できた日々だった。山口県の田舎町、川上村(現・萩市)の生まれ。当時は集団就職の時代で、二十歳の時に気の知れた友人と都会で働こうと決心。かき集めた電車賃3000円を握りしめて広島を訪れ、市内の下宿付きの建設会社に入った。しかし、働き出してすぐに股関節を痛めて離職。入院手術費に200万円ほどかかると知り、とにかく稼ぐ手段を模索した。まず目を付けたのは、ちり紙交換。オイルショックの紙高騰もあって早々に目標額を達成したほか、街宣車でマイクを握る仕事柄、度胸と話術も身に付いた。術後に需要が急減し、いざ次の食いぶち探し。鳥取で買い付けた梨を売り歩いたり、ネクタイを締めて絵本や学習教材の訪問販売をしたり。どうすればもうかるか、まさに無我夢中だった。股関節が回復して現場仕事に戻り、24歳で住宅の外構工事業で当社を創業。今ではビルやマンションの修繕から公共工事、戸建て新築までに領域を広げた。下請け含め取引先との関係づくりを重視し、おかげさまで営業いらずの経営を推進。手掛けた建物が街に残る誇りある仕事。日々、楽しく前向きに取り組んでいく所存だ。
担当記者:道本