野球の世界では、よく〝球際の強さ〟という言葉が使われる。また近年の〝勝負際の強さ〟という言葉にも違和感はない。そして今季は〝優勝際の難しさ〟を実感した。ファンなら覚えているだろう。カープが2位に転落した後の9月11日巨人戦。アドゥワ誠が6回まで2安打無失点で好投し、2-0でリード。アドゥワの完封(7勝目)の気配も漂いはじめた。ところが新井監督は7回から「プランだった」と語った継投に入る。7、8回とイニングをまたいだハーンは、なんとか1安打1四球で0点に抑える。これがカープの勝ちパターンだった。もちろん9回のマウンドには、万雷の拍手で送り出された栗林良吏が向かう。しかしこの大歓声が、数分後に悲鳴に変わった。制球が定まらず、先頭の代打・中山と丸に連続四球。そして坂本に安打を許し満塁。ここで珍しく新井監督が自らマウンドに行って、穏やかな表情で声をかけた。「結果は気にしなくていい。思い切って腕を振れ」。この言葉はいったん栗林の心に届いたように見えた。3番・吉川をすぐに2球で追い込む。「これでいつもの栗林に戻る」。多くのファンがそう思った。ところが3球目が、再び栗林から平常心を奪った。内角高めの直球が吉川の右肩に当たった。この押し出し死球で巨人は1点差に迫る。そこから岡本に同点打、モンテスに押し出しで逆転。絶対的守護神の面影はなかった。その後、緊急登板した森浦も打たれ、結局2-9の大敗でカープは首位争いから脱落。あの試合から潮目が変わった。〝優勝際〟は本当に難しい。
プロフィル
迫 勝則(さこ かつのり) 1946年生まれ。マツダ退社後に広島国際学院大学部長などを務め、執筆・講演活動を続ける。近著は「森下に惚れる」「逆境の美学」