多くのカープファンが会沢翼から坂倉将吾へのバトンタッチを思い描いていた正捕手の座が、かなり混沌としている。攻守ともレギュラー級の実力を見せる石原貴規の存在が、次第に大きくなってきたからである。課題だった打撃も左の坂倉に負けていないし、盗塁阻止を含めた守備もいい。リード面も、長打を避ける外角要求が多い坂倉に対し、打たれた球種を怖がらずに、続けて要求する強気の姿勢が会沢に似ている。6月1日のソフトバンク戦。プロ野球の長い歴史でわずか19人目という珍しい記録が生まれた。石原の天理大時代の1年後輩で、当時もバッテリーを組んでいた森浦大輔が中継ぎで登板した時だった。森浦が「助けられた」という石原のリードは圧巻だった。森浦の投球は直球3球、カーブ4球、チェンジアップ2球で、全てストライク。その計9球をソフトバンクの3人の打者が空振り5球、見逃し4球。その結果、3打者が3球三振に倒れたのだ。この、出そうでなかなか出ない記録はどのようにして生まれたのだろうか。森浦はこう語る。「石原さんのサイン通りに、腕を振ることだけを考えた。負けていたし、早くベンチに帰りたかった」。所要時間はわずか3分25秒。本人たちは試合後に報道があるまで、この記録に気が付かなかったという。石原の基本は「投手が投げたい球を投げさせる」。若い投手には「オレのサインどおりに投げろ」と言う時もある。今季のカープの1軍捕手は、しばらく会沢、坂倉、石原の3人同列の体制になるだろう。中でも「打てて守れて、好リード」の石原に注目である。
プロフィル
迫 勝則(さこ かつのり) 1946年生まれ。マツダ退社後に広島国際学院大学部長などを務め、執筆・講演活動を続ける。近著は「森下に惚れる」「逆境の美学」