できれば鮮度抜群の旬な魚を食べたい。冷凍や塩干ものも手軽で便利だが、瀬戸内海を身近に感じられる広島湾沿岸の地の利を生かし、誰もが舌鼓を打つ逸品料理を提供する。ここからバックキャストした取り組みが今秋から始まった。どこの漁場でどの漁師が獲り、どんな配慮や工夫で、このおいしさが成り立っているのか。食卓や料理店の一皿に上るまでに魚がたどった履歴や関連情報が分かる仕組みをつくり、豊かな海や漁師への理解を求めてもらいたいとの願いも込める。10月29日の午前4時過ぎ。市中央卸売市場広島魚市場区画内に関係者が集まった。瀬戸内海で漁をする〝こだわり漁師〟を前面に打ち出した、これまでにない新たな競りの実証実験だ。漁師のクラフトマンシップ(職人気質)を起点に、荷受けの広島魚市場(佐々木猛社長)と仲卸のヒロスイ(望月亮社長)の協力を得て、ハギを得手とする岡野真悟さん(広島市漁協)、サワラの内藤希誉志さん(鹿川漁協)、タイの野村幸太さん(同)が市場近く前浜などで獲った新鮮な魚を競りにかけた。現行の競りは、富山のひみ寒ブリや福井の越前ガニなど特定魚種をブランド化させて流通価値を上げるのが主流だが、瀬戸内海は少量多品種の漁場で安定供給が難しい。そこで、魚種から〝漁師〟に評価軸をシフトして競り上げ流通を強化する狙いだ。全国的に市場経由率が下がり、中央市場の水産物の総取扱高は2004年で4653万㌔、金額ベースで383億円、14年で3210万㌔、294億円、昨年で2005万㌔、249億円と単価は上がったが数量ベースでは約20年で半減。一方で、量販店などの相対取引が増え、競りは全体の1割ほどに減った。「うまい」の一言に情熱を注ぐこだわり漁師。ストレスを与えずに血抜き、冷やしなど下処理次第で魚の品質はぐんと上がる。漁場や漁法にとどまらず、飽くなき探求心と経験値に裏書きされた魚はひとくくりにされる水産物と一線を画し、独自の価値を放つ。新たな競りがどう市場に作用していくか、可能性が試される。県は、市場や飲食店と一体となって2022年度から瀬戸内海地魚のブランド化に取り組む。春夏秋冬の個性が味わえる魚介類を「瀬戸内さかな」とネーミング。消費拡大〜持続可能な沿岸漁業を目指す。現在、広島や江田島、大竹、廿日市市内の29料理店が事業に参画、瀬戸内さかなを使ったコース料理などを開発・提供。漁師の〝こだわり仕事〟に、その道を究めた料理人の腕が冴える。広島魚市場の佐々木社長は「漁獲量が減り、競りが形骸化してきている。安定供給を求める量販店などの需要に応える体制を市場も取ってきた。一方で、水揚げ港の産地市場として、適正な相場形成の責任がある。魚種も様変わり、例えばメバルはごく少量となり料理店でも手を出しにくい高額の値がついている。これでは一般家庭に地魚のおいしさが届かない。実証実験は全国でも事例のないユニークな取り組み。地物は漁獲量が不安定。公平公正な価値を生む競りの機能を大事にしたい」と実験に期待。18歳から船に乗りキャリア40数年の内藤さんは「環境変化で魚種も様変わり、乱獲も憂えている」。今が勝負の時だ。

担当記者:藤井

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

おすすめの記事