豆腐製造大手のやまみ(三原市)が好調だ。2024年6月期売上高は前期比17%増の190億円で過去最高を更新。今期も210億円で大台突破を見込む。自動化や機械化による徹底した効率化や付加価値商品の開発で差別化を進める。山名徹社長に強みの背景、今後の展望などを聞いた。

―24年6月期は売上高、営業利益ともに過去最高を更新しました。売上高は前期比17%増、営業利益は2倍になった。国内大豆による高付加価値商品への切り替えや、価格改定の浸透で販売数量が伸びた。また材料費の増加や大幅な賃上げを、増収に伴う生産稼働率の向上で吸収し大幅増益も達成。2019年に稼働した静岡県の富士山麓工場は関東圏で市場獲得が進み、黒字転換した。―10月に本社工場を増強しました。生産ラインの増強や設備の更新で、油揚げは生産能力を3倍、厚揚げを1・5倍に引き上げた。約230平方㍍を増築し、油揚げは手作業を自動化、厚揚げの生産ラインは2本から3本に増やした。設備では、富士山麓工場には引き続き投資を続けたい。稼働率はようやく5割に達した。―関東市場開拓の手応えは。毎年売り上げが1・5倍ほど増えている。富士山麓工場の稼働以降、ゼロを1にする営業は大変だったが、今は商談の機会が増えている。もともと東海地区までは競争が激しく同業の淘汰が進んできたが、関東は進んでいなかった。豆腐業界は原材料高もあって廃業が相次いでおり、そんな中で当社のような量産できる会社が参入すると厳しくなる会社は増える。当社は自動化、機械化を進め、業界の寡占化を早めることが成長につながっている。―競合大手は毎年のように同業をM&Aしている。御社がしない理由は。明確に理由がある。M&Aの話はたくさん来るが、廃業するところには廃業する理由がある。確かに売り上げ10億〜30億円ほどの会社を買えば、その売り上げは加わる。ただし古い工場の競争力のない機械も引き継ぐことになる。最新設備を入れた富士山麓工場は稼働から3年ほどは赤字だったが、ようやく黒字化。将来、良い状態で得意なことに集中できる環境を整えたいと考えている。

楽して儲かることはない

―生産性に強いこだわりがあります。機械は原則、最新鋭の大型機を入れる。静岡の工場の厚揚げラインは1日7000パックまで生産できるが、これが世の中で最速だ。これを1万パックまで増やす話を進めている。これは業者にとっても当社にとっても挑戦。当初は相当なロスが生まれ、機械の不備もある。苦戦するが、これを乗り越えた末に強くなれる。楽して儲かることなんてない。

―付加価値を高める取り組みは。価値ある商品とは、これなら使おう、買おうと言ってもらえるものだ。例えば、業務用の麻婆豆腐に使う75カット商品がその一つ。そんな商品はどこも作っておらず、コンビニの麻婆丼などに使ってもらっている。カットされており調理の手間が減り、ひっくり返しても崩れにくいように加工。なおかつ値段も手ごろだ。8個に切った焼き豆腐も同様で、飲食チェーンのすき焼き丼などに使われている。一般向けだと乾燥油揚げがある。日持ちさせるために味付けされたものは他社が出しているが、当社の製品は塩も砂糖も入っていない。だからみそ汁などさまざまな料理にそのまま加えられる。こういった商品は他社が作れないため付加価値があり、つまり競争がない。だからこそ利益率も高くなる。一般向けの焼き豆腐はクリスマス後の正月に向けた時期に通常の30〜50倍と発注が急増して、年間を通したら売れる量はわずかだ。だから同業は設備を入れずに手で焼いている。当社もそうだったが、ハンバーグを焼く機械を代替して量産化。焼き豆腐はどのメーカーも作りたくないからこそやる価値がある。―豆腐業界の動向は。地域スーパーがチェーンストア化で拡大しており、それに対応できる豆腐メーカーが求められている。また機械の進化で日持ちが長くなり、以前は一つの工場で賄う商圏は100㌔程度だったのが、現在は400㌔ほどに。そのため過去に例がないほど、地域の小さな豆腐店の廃業が早まっている。3年で3割が廃業しており、当社のような大きな事業者に生産が集約されている。

―もともと豆腐業界は寡占化が進んでいなかったんですね。この業界には「分野調整法」という、中小企業の経営に悪影響を及ぼす恐れのある大企業の新規参入を規制する法律が定められていることが大きく関係している。そういう意味で守られた業界で、恵まれている。しかし、これは未来永劫続くとも思っていない。だからこそ同業者と競争する意識ではいけない。長期的視点でたとえ法改正で食品大手が参入してきても耐えられる会社にしたい。

10年で売り上げ3倍

―目標は豆腐市場規模の10%に当たる売り上げ600億円です。ユニクロの柳井さんの本をよく読むが、その中に10年で売り上げ3倍の言葉がよく出てくる。当社もほぼ10年で3倍で推移している。今後もその意気込みで頑張りたい。―御社が企業規模の拡大に舵を切ったきっかけは。私が入社した2007年当時、売り上げは4億5000万円程度で県内8位くらいだった。小規模な量産メーカーになった程度で、いざ小売店との商談では話にならない。そのため、設備投資をして賞味期限を延ばしたり、時間当たり生産量を上げて固定費を下げる代わりに良質な大豆を使ったり。量産化で販売先へのメリットを感じてもらえるようになった頃が分岐点になった。またスーパーの豆腐売り場は下からよく売れていく。基本的に当社の商売はできる限り下から1段目、2段目、3段目のボリュームゾーンのど真ん中を狙う。そのために量産化、自動化が欠かせない。―会社を継ぐ意識はありましたか。全くなかった。そもそも家業が豆腐を作っていることを知ったのも高校に入ってから。もともとは青果市場の八百屋で、配送効率を向上させるために買収した会社に偶然、豆腐屋が付随していたことが豆腐事業の始まり。結果的に豆腐事業が残り、現在に至る。大学を出て普通に一般企業に就職。その3カ月後に父親から戻ってくるように電話があった。その頃は豆乳工場を閉鎖した後で、毎月赤字で財務体質も相当悪かった。父は私が子どもの頃から仕事一筋で、なんとか期待に応えたい思いがあった。―当時、上場の意識はありましたか。当時はどうやってその日を生き抜くか、それしか考えていなかった。上場した16年の4年ほど前に関西工場を建設。稼働から2〜3年たつとある程度利益が出せるようになり、その頃に上場を意識し始めた。上場した一番の目的は人材の獲得。知らない会社にはなかなか人が来てくれない。そのための知名度を上げる狙いだった。豆腐屋のイメージは今でも早朝から水仕事をしている地味な印象があり、少しでも認知を上げ、仕事の魅力を知ってもらいたい。そして「これは自分が作っている」と、従業員が誇れる製品を作りたいという思いが根底にある。機械化、自動化を進めてきたが、それはお金を払えば誰でもできる。しかしその機械を扱うのは人であり、改善活動も人でないとできない。今は、人への投資や福利厚生の充実に力を入れている。最近だと年間休日数を増加。もともとの105日を今は116日にし、来年度に120日に増やす予定だ。部署ごとの懇親イベントも開き、積極的に私も出席している。地域イベントにも出ており、企業対抗ソフトボール大会にも出場。他チームが私服の中、当社はユニホームまで作っている。チームとしては弱いが、これが楽しい(笑)。結局はコミュニケーションが大切で、話しやすさが定着率にもつながる。これが会社としての安定性になる。結果的には技術の蓄積となり、良いものづくり、稼働率の向上につながる。

プロフィル

やまな とおる1984年9月13日生まれの40歳。帝京大学経済学部を卒業し、ドン・キホーテを経て、2007年7月に入社。関西工場長、常務、副社長を務め、21年9月に社長に就いた。趣味はコケの育成で、長い時間をかけて庭の岩がこけむすのを楽しんでいる。

担当記者:梶原

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