迫 勝則のカープの独り言 / No.934
今季は育成を含む8選手の退団が決まった。長年ファンを楽しませてくれた松山竜平(40歳)がチームを離れるのは時の流れとはいえ、かなりつらいものがある。2007年、カープは九州国際大の松山をドラフト4位で獲得。彼は九州六大学で首位打者2回、本塁打王1回、打点王3回、通算122安打を放った逸材だった。
入団直後に彼のフリー打撃を見た4番・栗原健太(当時)はこう言った。「これからチームを引っ張っていくのは松山になる」。実は、私もそう思った。カープの左打者の系譜で言えば、山本一義、前田智徳…。つまり左打者のお手本だった。
その後、彼は折々に主力打者の穴を埋める役割を果たす。パンチの効いたレベルスイング。チャンスに動じない安定したメンタル。広角に打てる柔らかな打法。特に、低めの球にめっぽう強かった。彼はやがて代打の切り札になった。彼が打つとチームが盛り上がる。殊勲打を放った後、先輩の石原慶幸らにヘルメットを叩かれていたが、次第に後輩の菊池涼介、野間峻祥、鈴木誠也らがこれに加わった。彼はファンから〝アンパンマン〟と呼ばれ親しまれた。
あれは24年6月9日のロッテ戦だった。1―1同点の8回。1死一、二塁の場面で、代打・松山が左中間に勝ち越しタイムリーを放った。いま思えば、あれが最後の輝きになったように思う。今季は10月4日の最終戦9回裏のお別れ打席を除き、1軍での出番はなかった。こうして来季の構想から外れた。代打として松山が控えていたカープには感動があり、楽しかった。ありがとうカープの〝アンパンマン〟松山!
PROFILE
迫 勝則(さこ かつのり) 1946年生まれ。マツダ退社後に広島国際学院大学部長などを務め、執筆・講演活動を続ける。近著は「カープ不朽のエース物語」。