ビーアールホールディングス / 山根 隆志 社長

横河ブリッジHDによるTOBを受け入れた経営判断の背景は。
会社の将来を見据えた判断だ。橋梁業界は今後、大きく環境が変わると考えている。新設橋梁の需要は長期的には減少するため、その中で会社をどう成長させ、社員の雇用を守っていくかを考える必要があった。
単独で事業を拡大する道もあったが、技術力や規模を持つ企業と連携することで、より安定した成長が期待できると判断した。横河ブリッジとは同業ではあるが、強みは異なる。以前からJV(共同企業体)などで協力関係があり、互いの企業文化や技術力も理解していた。そうした積み重ねがあり、今回の話も自然な形で進んだ。
上場廃止も決めました。
もともとスタンドアローンで単独経営を続けたいという思いは強かった。同業では2024年にプレストレストコンクリート(PC)橋で最大手のピーエス三菱(現ピーエス・コンストラクション)が大手ゼネコンの大成建設の持ち分子会社となったものの、残り49%を株式市場に残してプライム上場を維持している。ただし、われわれの企業規模では同じ形を取るのは難しかった。
横河との決め手は何でしたか。
立ち位置や目線、経営方針が似ていたことが大きい。特に重要だったのは、技術会社としての独立性を守れるかという点だ。相手は大手ゼネコンという選択肢もあったが、その場合、仕事量は確保できても将来的には専門下請けのような位置づけになる可能性が高い。そうなると技術会社として自立した経営を続けることが難しくなる。
その点、横河ブリッジはゼネコンとも全方位で取引関係を持ち、独立した橋梁メーカーとして事業を展開している。橋梁の分野でも横河ブリッジは鋼橋のトップ企業で売上高は約1600億円。当社はPC橋に強みを持ち、売上高は約400億円で業界4位ほどだ。
鋼橋とコンクリート橋という技術領域が明確に分かれており、入札で直接競合することはほとんどない。もともと私が横河ブリッジの社長と交流があり、25年にJVを組み、西日本高速道路の床版取り替え工事を受注したことが大きなきっかけになった。桁が鋼、床版がコンクリートという構造で双方の強みを生かし、新しい価値を生み出すことができる。独立性を保ちながら規模を拡大できる点で、非常にバランスの取れた形だと感じた。
特に鉄とコンクリートを組み合わせた複合構造の橋梁では、より強い競争力を持つ企業グループになるはずだ。現在、鉄桁とコンクリート床版の接合部を合理化する共同研究も進めている。

PROFILE
やまね たかし 1959年12月15日生まれ、呉市出身。呉高専を卒業し、1980年に前身の極東工業に入社。92年から3年間、会社の留学制度で米国の大学・大学院に在籍。主に設計や技術畑を歩んだ。土木学会などの活動にも携わり、杭工事の独自技術「マイクロパイル工法」を米国から持ち込んだ。2022年から中核子会社の極東興和の社長も務める。