このところ、カープの勝ちパターンは矢崎拓也(7回)、島内颯太郎(8回)、栗林良吏(9回)が投げるのが定番になっている。島内、栗林については若干の好不調を感じる時もあるが、盤石だといっても良い。ただ矢崎については時々、ドラマチックな展開になる。つまり投げてみないと分からないのである。ただ多少不安定であっても、矢崎はきちんと結果を出すことが多い。私はこれを「不安定の安定」と呼んでいる。4月28日中日戦。試合は0-0で延長戦に入り、10回裏に矢崎がマウンドへ。予想の範囲内だったが、先頭打者に四球。その後、安打などで2死満塁とされ、この時点で中日ファンはサヨナラ勝ちを確信した。ファンもプロ野球解説者も、矢崎を不調と見たからである。ところがそうではない。これが矢崎スタイルである。彼はピンチになるほど、自分を信じて投げる。「前にできたから、今回もできるとは考えていない。そう考えると、前にできなかったことは今回もできないことになる。問題は、今をどう対処するかだ」と彼は言う。彼はピンチになると、時々口元でそうつぶやきながら投球を組み立てる。「結果を求めるのではなく、その時やるべきことを100%表現する」。あの中日戦でも、彼は当たり前のように無失点に抑え、チームを0-0の引き分けに導いた。不安定なように見えて、実は安定している。それを支えているのは、悟りを求めて続けている〝禅〟の精神である。「自分がそこでがんばったことで、みんなが喜んでくれることが一番うれしい」。
プロフィル
迫 勝則(さこ かつのり) 1946年生まれ。マツダ退社後に広島国際学院大学部長などを務め、執筆・講演活動を続ける。近著は「森下に惚れる」「逆境の美学」