インタビュー 2026.03.26

橋梁工事最大手にグループイン

ビーアールホールディングス / 山根 隆志 社長

橋梁工事最大手と手を組む 技術会社の独立性守り成長へ

 橋梁工事などのビーアールホールディングスは3月23日、同業の横河ブリッジホールディングスによる株式公開買い付け(TOB)が成立した。残る株式を取得する手続きを経て完全子会社になり、東京証券取引所プライム市場での上場を廃止する予定。橋の新設需要が減る中、単独での事業成長ではなく、異なる強みを持つ同業最大手と組むことで成長を加速する道を選んだ。また協議中だった昨年12月13日、藤田公康社長が逝去し、急きょ山根隆志取締役が社長に就いた。TOBの背景や今後の展望、藤田前社長との思い出などを聞いた。

藤田前社長が逝去されました。

 大塚製薬から30歳前後で中途入社され、私と入社時期が1年ほどしか違わず、ほぼ同期のような関係だった。藤田さんは米国で経営学修士(MBA)を取得しており、私も会社の留学制度を使って米国の大学・大学院へ。社内で米国留学経験者は私と藤田さんの2人だけで、弟分のようにかわいがってもらった。

 まさにビジネスの世界の人だった。われわれはどうしても技術や現場を起点に考えがちだが、藤田さんは株主価値や株価対策といった経営の視点を強く意識していた。経営戦略の選択肢として資本政策の重要性を深く理解されており、客観的な視点から常に株主価値の向上を意識されていた。

 思い出は数え切れないが、特に印象に残っているのは同業2社(興和コンクリート、東日本コンクリート)をグループに迎え入れたM&Aだ。技術会社である当社がここまで規模を拡大できたのは、藤田さんの決断力によるところが大きい。私たちはどうしても、人を増やして営業と技術を積み上げながら成長する発想だが、藤田さんはM&Aによって一気に企業規模を広げるという経営感覚を持っていた。

  昨年、体調を急速に悪くしていたが、本人は今年も仕事を続ける意欲を見せていた。横河ブリッジとの協議を進める中での突然の訃報には私も驚いた。ただ横河との協議自体は公正性を担保する観点から、大株主でもある藤田さんは一切の協議に参加しない形で進んでいたため、大きな支障はなかった。実は過去、2人だけの場で、退任をほのめかす発言もしていた。何らかの形で会社の将来を託すことを考えていたのではないかと思う。

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PROFILE
 やまね たかし

やまね たかし 1959年12月15日生まれ、呉市出身。呉高専を卒業し、1980年に前身の極東工業に入社。92年から3年間、会社の留学制度で米国の大学・大学院に在籍。主に設計や技術畑を歩んだ。土木学会などの活動にも携わり、杭工事の独自技術「マイクロパイル工法」を米国から持ち込んだ。2022年から中核子会社の極東興和の社長も務める。

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