
科学的な検証の結果、歴史を塗り替えるかもしれない。日本列島の石器群で最古の可能性が期待される廿日市市吉和の冠遺跡群第8地点の発掘調査報告会「わたしたちの祖先はいつ日本列島にやって来たのか」が2月23日、同市のウッドワンさくらぴあ大ホールであった。遠くは鹿児島からの参加もあり、1050人が会場を埋め尽くした。
奈良文化研究所(奈良市)の国武貞克主任研究員らの研究チームが2024年9月に行った発掘調査で出土した旧石器時代の石器群の中に、木炭片の放射性炭素(C14)年代測定で4万2300年前のものと推定される石器が見つかった。昨年5月の日本考古学協会の総会で発表された。考古学からのアプローチだけでなく、火山灰や地磁気などを調べる地質学的アプローチのほか、自然環境などの専門家の調査も加え、炭素年代の測定と矛盾がないか、昨年9月から検証作業を進めている。
当日は、市教育委員会の妹尾周三専門員や広島大学の藤野次史名誉教授の講演に続いて、中央アジアなど国内外で発掘に携わる国武主任研究員が「列島最古の人類は廿日市を選んだ」と題し報告。東アフリカで誕生したホモ・サピエンスがユーラシア大陸の南回りの後、北回りによる拡散が想定される雄大な旅をたどり、その根拠となる石器発掘について語った。まさか、その古い地層に石器は埋まっていないと思い込んでいただけに驚きは大きく、興奮で眠れない夜が続いたという。なぜ、冠遺跡に着眼したのか。
「日本の後期旧石器時代の起源を調べるため、大陸の同時代最初期の大型石刃(せきじん)と同じ文化を持つ日本最古の香坂山遺跡を2020年に長野で発掘。この遺跡から出土した石器は約3万7000年前のものと分かった。しかし大陸により近い列島の西に、もっと古い年代の大型石刃が出土する遺跡があるのではないかと考えていた。初期の遺跡は高原の石材産地に立地する傾向があり、冠高原はこれらの条件にぴったり合う。広島大の竹広文明教授が、大陸の大型石刃によく類似した石器が第8地点の畑の表面からたくさん採集されていたことを知り、藤野名誉教授や妹尾専門員らに調査指導をお願いし、23年9月に発掘調査を始めた」
あいさつに立った松本太郎市長は「もし日本最古と確定すれば、多くの人にみてもらえる環境を整えたい」と意欲をにじませた。
今年5月、2回目となる学会発表を予定。〝列島最古となる4万2300年前の石器〟と立証されれば歴史を塗り替え、全国的な反響が予想される。地域資源としての価値も大きく、世界遺産の宮島とつなぐ新たな観光ルートへの発展を期待したい。