古い話だが、私は1988年ソウル五輪の男子100㍍でカール・ルイスを破って優勝したベン・ジョンソンと、その前年(87年)に広島で昼食を共にしたことがある。その時、彼は既に1年後の五輪の話を終始していた。わずか10秒足らずの競技でも、1年前から準備を始めているのかと驚かされた。また王貞治はこう語っている。「基本的にプロはミスをしてはいけない。100回やっても1000回やっても、絶対に俺はできるという基礎を作っておかなければならない」。1月に前田健太(米・タイガース)と一緒に自主トレを行った森下暢仁と遠藤淳志はその間、一度もブルペンに入らず、長いシーズンへ向けた体力づくりに専念した。また大瀬良大地の自主トレに参加した斉藤優汰は、大瀬良の入念なストレッチ姿から〝準備〟の大切さを学んだ。つまり〝一瞬の勝負〟のために「万の鍛錬(基礎)」が必要なのである。その前田には有名な準備運動がある。体を動かす前に行う「マエケン体操」は、米国でも子供がまねするほどになった。さらに古い話で恐縮だが、あの山本浩二は打席に入る前、ネクストバッターズサークルの中で地面に右ひざを突き、バットを立てて投手を微動もせずにらみつけていた。マエケン体操もそうだが、彼らは〝カッコ良さ〟のためにそうしているのではない。最近になって、そのポーズについて山本が地元メディアでこう明かした。「膝を突いて〝捕手目線〟で、投手の直球の伸び具合や球審のクセを確認していた」。〝読みのコージ〟と言われた山本は毎試合、自前の準備ノートにメモを書き続けていた。

プロフィル

迫 勝則(さこ かつのり) 1946年生まれ。マツダ退社後に広島国際学院大学部長などを務め、執筆・講演活動を続ける。近著は「森下に惚れる」「逆境の美学」

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