その試合は、年に一度しかない「ピースナイター」として行われたDeNAとの一戦(8月14日)だった。先発の床田寛樹が5回8安打3失点。今季初めてクオリティースタート(6回以上を投げて自責点3以下)を達成できなかった。9回表を終わって1-3でDeNAがリード。それでもまだ当時は中継ぎ陣が盤石。床田を継いだ黒原拓未が6 回からイニングをまたぎ、7回途中からマウンドに立った森浦大輔が8回も続投。そして9回は塹江敦哉が2死一、三塁のピンチをゼロで抑えた。9回裏。DeNA抑えの切り札・森原康平がマウンドに。先頭の小園海斗が二塁打、続く坂倉将吾が四球。無死一、二塁で中村奨成が打席に向かう。そのとき小窪哲也打撃コーチが彼を呼び止め、耳打ちした。「バントはないよ」。驚いた中村が左翼へ〝ホームラン性の打球〟を放つ。しかしフェンス際で捕球されアウト。これを見ていた次打者・菊池涼介はこう思った。「奨成がバントでないなら、どんどんいけということ」。菊池は追い込まれてから粘る。そして決死の思いで上から叩くようにして放った打球が、左翼方向に飛んだ。私は打った瞬間、入ったと思った。菊池が自身9年ぶり2本目となるサヨナラ弾(記録は逆転3ラン)を左翼中段席へ打ち込んだのだ。場内は総立ち。一時、テレビ中継アナの発する言葉が聞こえなくなるくらいだった。これが今季一番のゲームだったように思う。新井貴浩監督は「劇的な勝ちを超満員のファンにお見せできて最高の一日でした」。やっぱり、カープファンは辞められない。
プロフィル
迫 勝則(さこ かつのり) 1946年生まれ。マツダ退社後に広島国際学院大学部長などを務め、執筆・講演活動を続ける。近著は「森下に惚れる」「逆境の美学」