地場企業とスタートアップ企業をマッチングする大型イベント「TSUNAGU(ツナグ)広島」が11月19、20日に中区の広島グリーンアリーナで初めて開かれる。複数の事業者が組織の枠を超えて革新的な新製品・サービスを生む「オープンイノベーション」の機運を高める狙い。主催する、ひろぎんホールディングスの部谷俊雄社長と中国新聞社の山本慶一朗社主兼常務に、開催の背景、両社の新事業の取り組みなどを聞いた。
1991年にル・マン24時間レースで日本車として初優勝した「787B」は昨年、日本自動車殿堂「歴史遺産車」に選定。RE搭載車では67年発売の「コスモスポーツ」に続く。今年2月1日、36人の技術者が集まり「RE開発グループ」を復活させた。発電用などで一層改良するほか、環境規制が強まる中でカーボンニュートラル(CN)燃料対応など研究開発を進める方針だ。 1974年の本誌インタビューで当時の松田耕平社長は排出ガス規制の強化に触れ、「まず、いかにして現在の燃料でエネルギー効率を高めるか。長期的に見るとREの燃料はガソリンからアルコール系へ、そして水素へと進みそうだ」と話した。50年たった現在、同社は水素燃料のRE搭載車を世界で初めて実用化(2006年にリース販売)。CN燃料を使うロードスター(2・0L直列4気筒自然吸気エンジン)をスーパー耐久レースで走らせている。ものづくり企業にとって基幹技術を磨くことは無論、その時代に求められる形を模索し続ける姿勢が必要なのだろう。
【対談者】ひろぎんホールディングス / 部谷 俊雄 社長中国新聞社 / 山本 慶一朗 社主兼常務
-このイベントを開くきっかけは。

山本社主(以下、山本) 私から部谷社長に声を掛けさせてもらった。5~6年ほど前、ある経営者から広島銀行と組んでスタートアップ向けのコンテストを開いてほしいと言われたことがあり、それ以来何かしたいと考えていた。そして2020年に広島県や広島銀行が主催した、地場企業と全国のスタートアップを結び付けるプログラム「広島オープンアクセラレーター」に参加したことが大きなきっかけになった。それまでスタートアップと連携する機会はほぼなかったが、協業の面白さを実感。こういった機会を広島でもっと増やし、広島経済界を盛り上げたいと思い、この企画を立ち上げた。部谷社長(以下、部谷) 中国新聞社の山本社主からの提案を聞き、その場で快諾した。当社にとっても地域産業の活性化は非常に大事な観点。これまでもコワーキングスペース「ヒロマラボ」の運営や、広島オープンアクセラレーターなどさまざまな取り組みをしてきたが、これらはまだ「点」の状態。このイベントで「面」をつくる、つまりオープンイノベーションの機運を広げられると考えた。山本 スタートアップのイベントは大阪、京都、福岡などで開かれ、広島が飛ばされていた。これは悲しい。広島自ら仕掛けていきたい。-両社にとっての開催の意義は。
部谷 経営ビジョンに「地域総合サービスグループ」を掲げ、「地域の成長なくして、ひろぎんグループの成長なし」と考えている。産業構造が変化する中、製造業が中心の広島は、ある意味曲がり角にある。この製造業をどのように維持・発展させ、そして新しい産業の芽を育てるかは、地域の重要課題だ。その点でこのイベントは大きな意義がある。広島の産業の土壌はポテンシャルが高い。新しい価値創出の機運が広がれば、この地域は地方の代表たる都市になれる。山本 当社も報道機関として地域の会社、ここに暮らす人たちに支えてもらっている。だからこそ広島のためになることがしたい。それが大きな動機の一つになっている。人口減少でマーケットは小さくなるばかりで、広島銀行と同じで広島の成長がないとわれわれの成長もない。また創刊130周年の22年に、自社ビジョンを「このまちの未来をともに創造する地域応援企業グループに進化する」と定めた。いち報道機関から一歩前に進み、この街を面白くするプレーヤーになりたい。いま旧市民球場跡地で「ひろしまゲートパーク」など自治体のPFI(民間資金活用による社会資本整備)も手掛けているが、事実を伝える報道だけではなく、街を盛り上げるきっかけになることをさらに仕掛けていく。さすが中国新聞と言ってもらえる存在を目指す。このイベントは当社にとっても大きな挑戦になる。
10年後、20年後の未来を語る
-地場企業がスタートアップと組む意義をどう考えますか。

部谷 今のビジネスモデルの延長線上で、10年後、20年後の未来を語れるだろうか。実際、多くの経営者が今のままじゃいけないと思っている。では具体的に何をするのか。その一歩を踏み出すきっかけになれば。既存事業の付加価値を上げる、あるいは新しい事業をつくらない限りは、未来は見えない。そして、それを自前だけでできるのか。多大な資金と時間がかかるので、技術やノウハウを持つ外部との連携が重要になる。今回のイベントには県内外のスタートアップなど126社が出展する。参加する地場企業には、自社の今の課題が何で、どういったスタートアップと連携したいかという思いを持って参加していただきたい。そうすれば商談がしやすくなる。山本 地場では有名な会社でもスタートアップと話をしたことがないところが多い。彼らはものすごい熱量とスピード感でアプローチしてくる。そういう特性を知る意味でもイベントで連携先を開拓し、事業の創出につなげてもらいたい。2日間で延べ2500人の来場を目指している。両日参加の申し込みも多く、期待の大きさを感じている。-ものづくり企業とスタートアップの相性は。部谷 ものづくり企業は生産性に課題を抱えている先が多い。人材の確保も一層難しくなる。その点でAIなど新たな技術の導入には大きな利点がある。また自社製品は今のままでもいいのか。他社の技術やノウハウを生かし、今以上の付加価値を上げることもできると思う。山本 マツダなど大手企業は国内外にネットワークがあり、自社でも研究開発を進められるかもしれない。しかし、そのサプライヤーや地場の中小企業では自ら研究開発を進めるのは難しいはず。部谷 EVの普及などを背景に、自動車産業も大きな転換点にあり、50年後には不要になる部品も出てくる可能性がある。では、どうするのか。自社が必要とする先進的な技術を、スタートアップが既に持っている可能性は十分にある。
-イベントの見どころは。

山本 注目のAI関連だけでも17社が出展する。マツダの毛籠社長やソフトバンクグループ宮内取締役の講演のほか、特別セッション「100億円超えのマイナスから立ち上がる男たち」もぜひ聴いてほしい。登壇する3人の起業家はそれぞれ100億円以上の損失を出しながらも、今は事業を盛り返し復活されている。
外部のノウハウを生かす
-広島銀行は19年から広島オープンアクセラレーターの中で、地場企業とスタートアップを具体的にマッチングしています。手応えは。部谷 ニーズの高さを感じている。実際に事業化されたものもあるが、それが大きくなっているかという点で課題もある。そこはしっかりとフォローしていきたい。今年も10月28日から本年度のスタートアップエントリーが始まり、クニヒロとダイキョーニシカワに参画していただく。山本 当社は20年のこのプログラムで、54社のスタートアップから事業提案を受け、4社と実証実験に取り組んだ。これは大きな自信になった。その中の1社の電子クーポン発行のギフティ(東京)とは、3月に稼働した新たな会員基盤「たるポ」のポイントをデジタルギフトに変換する仕組みで連携。たるポは、毎月1万人ぐらい会員が増えている。これからポイントの相互利用が増えれば、彼らの存在感もさらに高まると思う。-中国新聞社でも新事業創出の取り組みが進んでいるそうですね。山本 本年度は「ミラツク」という社内公募のビジネスコンテストを開いた。もっと進化しないといけない、変わらないといけないという感覚は社内でも強い。これまでも同様の制度はあったが賞金を出して終わりだった。今回は実証実験まで行い、そこに資金も人も投入。事業化の可能性があれば法人化して資金も出すと宣言したので、会社の本気度も伝わったようだ。グループから97件の事業アイデアが出て、選考の結果2件を進めた。そのうち1件は近く法人化も検討している。いまグループに18社あるが、久しぶりの新会社となる。-ひろぎんHD自身の新事業の話を聞かせてください。新事業開発の専門部署があるのですか。部谷 専門部署としてはない。ただ、当社も社内のビジコンは3回行った。その1回目で生まれたのが、プログラミング教室運営のひろぎんナレッジスクエアだ。年50件ほどの新規案が出ている。また今年から事業構想大学院大学の講師を招き、当社の社員11人が新事業のアイデアづくりなどに取り組んでいる。12月に成果発表会を開く。今年は当社だけだったが、来年は地場の企業にも枠を広げて一緒に開催したいと考えている。事業化までは至らなかったが、近くサービス提供を始めるものもある。その一つが企業の福利厚生の一環で農林漁業を体験してもらうサービス。農園や漁業関係者と提携して1~2日の体験ツアーをつくり、それを従業員に対する福利厚生やBtoC企業の顧客特典に使ってもらう予定だ。これは社員から出たアイデアがきっかけになった。ただしこれらの取り組みは新事業づくりだけが目的ではない。従業員が自分で考え、自分で企画するということの方が意味は大きい。逆に言うと、そんな簡単に新事業ができるわけはないとも思っている(笑)。

-ひろぎんHDは広島ベンチャーキャピタルなどを通じベンチャー投資を続けています。投資先と地場企業のマッチングは進んでいますか。部谷 広島で起業していただき、その方たちが広島の企業とマッチングするのは理想だ。ただ、それは簡単ではない。山本 その点では今回のイベントを通じて、広島がスタートアップ支援に本気で力を入れているエリアだと認識されれば、 広島で起業しようという人が増える可能性もある。そうなればいいと思う。-中国新聞社もベンチャー投資に取り組み出したそうですね。山本 今期、数社のベンチャーキャピタルに対してLP出資(ファンドを通じた出資)を行った。こういった出資を通じて学びながら、いずれはCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)をつくりたい。-イベントは継続開催しますか。部谷 来年以降も継続して開く方針だ。毎年か隔年かなどは別にして、まずは継続する考えでいる。山本 今後、広島の色をどう出し、どう進化させていくのかを考えたい。製造業中心の街なので、当初は製造業向けの新技術を集めることを考えていたが、そういったテーマを絞った開催の形も考えてみたい。

-両社からのそれぞれへの期待感は。部谷 これからはアライアンス(連携)の時代だと思う。このイベントも中国新聞社との連携事業だ。お互いが持つ地域内の多くの情報をうまくかけ合わせると、何か新しい価値を生めるかもしれない。山本 当社には読者とのつながりを基盤にした情報発信力があるが、広島銀行は行員がそれぞれの地域に根付き、数多くの地場企業をカバーされている。融資という形で企業を支える力もあり、パートナーとして大変心強く思っている。