レモネード活動
2000年6月に米国で始まった。小児がんを患う4歳の少女ががんと闘う子どもたちのために自宅の庭でレモネードスタンドを開く。集まったお金はがん治療法開発に役立つようにと病院へ寄付。これがマスコミで報道されて瞬く間に全米に広がり、04年には累計70万㌦を集めた。
彼女は同年8月に他界したが、今も6月12日のレモネードスタンドデーの活動は世界へ広がり、多くの人に支えられている。
米国では、社会勉強などを目的に子どもらがレモネードスタンドを開く。金属メッキ加工などの新和金属(安芸郡府中町)は6月15日、障がい者就労移行支援施設すみっこテラスを運営する本社敷地でレモネードスタンドを開いた。利益分を全て寄付。従業員が開くコーヒーショップやカレー店、インドの学校運営を支援する広島大学サークルなど18店が参加。近隣住民や関係者ら約350人がワークショップなどを楽しんだ。新谷浩之社長(42)は、
「私が中学1年生の時に弟が未就学のまま小児がんで他界。21年にレモネードスタンドの活動を知り、心を揺さぶられた。初めは社内でボトルのレモネードを買ってもらって寄付。22年から周辺に広げ、地域交流イベントも行っている。誰もが夢を持ち続けられるよう、少しでも力になれればうれしい」
大阪万博が原点
夢中で働いたあの頃と同じ景色を社員に見せたかったのかもしれない。
金物資材を製造する藤崎商会(中区江波南)の藤崎喬会長(86)は、ゴールデンウイークに従業員とその家族100人を連れた社員旅行で大阪・関西万博を訪れた。55年前にあった大阪万博には語り尽くせぬ思いがあり、藤崎商会の設立へつながった原風景という。
1957年に安芸高田市の向原高校を卒業し、大阪の船具問屋に就職。知らない土地で自転車配達に汗をかく。ある日、問屋の会長から座右の銘はあるかと問われた。続けて「商いにするといい。飽きない、諦めない」という含蓄があり、自分を支えてくれた言葉だと言う。62年からは兄が大阪で経営する商店を手伝う。1970年大阪万博に製品を納め、モノレールを載せる柱への構鋼造物据え付けなど、誰もやったことのない仕事に粉骨砕身。これを足掛かりに73年に藤崎商会を設立。持ち前の決断力と行動力で黒字を続ける。今、経営を一手に担う和彦社長(59)は、
「会長をはじめ、今年入社したばかりの長男翼(28)とその4歳の子どもらも一緒に、大屋根リングの建築美を堪能。木造のため当社の金物資材は使われていないが、斬新な会場に刺激を受け、仕事にまい進する決意を新たにした。会長は、大阪万博と重ねて創業の原点となった体験をなつかしく振り返り、うれしかったと思う」
思い出が動き出す
AI頼みではなく人の手を加えるから、ぬくもりが伝わるのだろう。遺影写真加工のアスカネット(安佐南区)は6月、故人の写真に表情やしぐさなどの動きを加える動画作成サービスを始めた。
生成AIを使って5枚の写真から故人が手を振ったり、ほほ笑んだりする2〜3分の映像をつくる。音楽やテロップ、被写体の周りを回るカメラワークなどで映画のような雰囲気を演出。葬儀社を通じて提供する。葬儀で流すほか、家族で見返してもらう。コロナで家族葬を選ぶ人が増える中、新たな弔いの形を提案したいと数年前から構想。スマホが普及するまでは日常の風景を動画で残していた人は少ない。試行を重ねた数分の動画に多くの人が涙を浮かべるという。フューネラル事業部企画開発室の青砥剛課長は、
「AIに素材を投入して制作を自動化することもできるが、不自然な表情や動きになり故人の尊厳を損なってしまう可能性もある。シナリオ制作から編集、最終確認まで、必ず人の手を掛けます。年49万件の遺影写真加工で培った、故人らしさを引き出す表現力を生かし、在りし日をしのんでいただけるよう力を尽くします」
展示会では海外葬儀社を含めて反響が大きく手応えを得ている。
広島駅いまむかし
3月に駅ビル「ミナモア」が開業し、広島電鉄の乗り入れ試運転が始まるなど、大きく変貌を遂げる広島の表玄関。広島市郷土資料館は5月17日に企画展「広島駅のいまむかし路面電車が乗り入れた」を始めた。7月6日まで。
明治時代の初代駅舎や、1945年の被爆直後の2代目駅舎、84年の駅前大橋南詰から見た3代目駅舎など360枚の写真を集める。広島電鉄2階乗り入れの建設映像、戦前の広電の切符、布製の行先幕、電車部品など27種81点も展示。ヌマジ交通ミュージアムでも10月10日から新幹線をテーマに連携企画を行う。郷土資料館は、
「地下空間がある広島駅への2階乗り入れで、軽量で強靭な土台として使ったEPS(発泡スチロール)の実物展示もある。広島駅や鉄道の歴史と共に、駅の再開発事業を裏方で支える最新技術も知ってもらいたい」
不朽のエース
カープ創立75年。〝お荷物〟扱いの草創期からリーグ3連覇の黄金期まで各時代を背負った名投手たちの活躍をつづる迫勝則さんの新刊「マウンドに生きた男たち カープ不朽のエース物語」(南々社)が6月23日に発刊された。

「小さな大投手」と呼ばれ、創立時のカープを支えた長谷川良平は負けん気とカミソリシュートで鳴らした。初優勝の原動力となった外木場義郎は3回のノーヒットノーラン(うち完全試合1)を達成し、他に追随を許さない。針の穴を通すと表現された北別府学は抜群のコントロールと投球術を誇った。米大リーグの高年俸を蹴って帰広した黒田博樹の心意気はファンの心をわしづかみにした。大野豊、佐々岡真司、前田健太らと続く。それぞれエースの逸話を交えながら独自の視点で「チームを導く絶対的エース」論を展開。迫さんは、
「われわれ鯉党は勝敗だけでなく、全力で戦う選手の姿に心を打たれる。カープは被爆から立ち上がった広島人の魂そのもの」
今季こそ大瀬良大地、床田寛樹、森下暢仁らがエースの意地を見せてくれるか、日本一の夢をかなえてもらいたい。
甘いアート
思わず手に取って食べてみたくなるスイーツがアートに変身。「〜渡辺おさむスイーツアート〜 お菓子の美術館」がウッドワン美術館で9月7日まで開かれている。独自の技法で〝フェイククリームアート〟を考案した渡辺のカラフルで常識や価値観を覆す作品約100点を展覧。樹脂製スイーツで動物や家具などの模型を彩るほかモナ・リザ、ルノワール、ゴッホらの名画も題材に。同館収蔵の岸田劉生の麗子肖像がモチーフの新作も。