迫 勝則のカープの独り言 / No.920
この地に広島カープが創設されてから75年の時を刻む。その苦節のカープ史の中で〝エース〟と呼ばれた投手たちは優に30人を超える。彼らは被爆後のヒロシマの街のはるか遠くに見えた〝希望の灯〟であり、現在に至る、長くてつらい復興プロセスの象徴でもあった。私はこのたび彼らを描いた「カープ不朽のエース物語」(南々社)を上梓した。
その中で「エースの中のエース」は、いったい誰だったのだろうか。私の史観で書くならば、それはやはりカープで一番の勝ち星(213勝)を挙げた北別府学だったのではないか。彼がもし150㌔以上を投げる剛球投手だったとしたら、おそらくあのような成績は残せていなかったと思う。彼は球速で他の投手に勝てないことを悟り、徹底的に制球を磨き配球を考えた。それが最もカープらしいエースを創り出したのである。
では北別府に匹敵する〝大エース〟は本当にいなかったのだろうか。私はもう一人、別の史観から人間として稀有な投手の名前を挙げた。それは日米で数々の名ドラマを生んだ黒田博樹である。黒田の投球にはスポーツの世界をはるかに超えた人生ドラマと感動があった。北別府と黒田。この2人はおそらく球団で30年に一人出るか、出ないかというレベルの大エースだったと思う。
彼らの物語を球史にとどめたい。そして今日の大瀬良大地、床田寛樹、森下暢仁に引き継がれる〝カープの投手魂〟を探ってみたい。外木場義郎の剛球伝説、大野豊の七色の変化球…。彼らの知られざる物語と共に、カープ不朽の投手論をとことん楽しんでもらいたい。
PROFILE
迫 勝則(さこ かつのり) 1946年生まれ。マツダ退社後に広島国際学院大学部長などを務め、執筆・講演活動を続ける。近著は「森下に惚れる」「逆境の美学」